先週2018年6月18日の朝8時前に大阪北部を震源とする地震が発生しました。

おかげさまで家族全員無事でした。

私はその時大阪梅田の職場から兵庫県の川西市まで17kmの距離を歩いて帰りました。

本日は、その日その時私がどのように被災し、どのような状況だったのか、そしてどのように考えて歩いて帰ると決めたのかについて詳しくお話しします。

あなたの参考になれば幸いです。

スポンサーリンク
  

大阪北部地震の体験記。地震発生時の状況。

まず先日の地震で亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。

そして怪我された方や被災された方が早く通常の生活を送れるように祈っています。

【 被災時の私の状況 】

私は地震発生時は大阪梅田の職場に既に到着していました。

仕事場は9時からですが、いつも8時には職場に到着していました。

そして朝食を食べたり、新聞を読んだするのが日課だったんです。

なのでドリップコーヒー入れていつものパン屋さんで購入したミックスサンドイッチを食べようとしている時に大きなゆれが来ました。

事務所の一番奥にいたので、まず考えたのは「外に逃げられるか?」でした。

揺れが収まるのを待って、外に飛び出しましたが、入口の扉までたった10mの距離がとても長く感じられました。

外に出てみると街行く人々が「地震だよな!」「結構揺れたね!」と口々に言っていました。

私のオフィスは食器棚の上に置いていたゴキブリ駆除のスプレー缶が下に落ちた以外は大きな被害はありませんでした。

【 家族の状況 】

すぐに妻に一言「私は大丈夫だ!そっちは?」とだけメールしました。

なぜならば大きな地震の時は電話もメールも回線がパンクして使えなくなると聞いていたからです。

最低限の安否確認だけして、しばらくは連絡出来ないことを想定して、短文で発信しました。

すぐに返信も来ました。

「大丈夫!子供たちは既に学校に行っている!長男だけが途中で引き返して家にいる!私は携帯電話を長男に預けてとりあえずパートに行く!」と無事が確認できました。

実家は大阪北部で実は震源に近かったというのは後で知りました。

案の定、まもなく会社の電話はつながらなくなりました。

【 職場の状況 】

私がいたのは5階建てのオフィスビルの2階でしたがエレベータが止まりました。

エレベータが使えるようになったのは夕方の5時だったと後から聞きました。

ちょうど出勤中の社員が多くて、多くのメンバーが遅れました。

ほとんどの電車が駅の途中で止まってしまい、途中の駅まで線路を歩いてそこからバスやタクシーで職場に向かいました。

しかしバスやタクシーもノロノロ運転で、途中で降りて歩いて来たという社員が多かったです。

一番遅かったのは阪急豊中駅から実に12kmの距離を歩いて出勤したと言うメンバーで、3時間遅れの11時に到着していました。

すごい根性の座ったヤツで、みんな彼の到着に拍手喝采(はくしゅかっさい)!

ウチの会社も緊急会議が開かれて、本日の勤務はお昼の12時までとし、順次家に帰るように指示がありました。

まだ電車にも乗っていなかったメンバーはそのまま休みになりました。

【 近隣の状況 】

会社の隣にはオフィスや衣料品店、靴屋さんなどの入っている複合商業施設がありました。

10階建てのビルです。

このビルが結構大変な状況でした。

最上階の10階はレストランフロアになっておりましたが、ちょうど食材納品の業者さんが出入りしている時間帯でした。

幸いにもエレベータに閉じ込められた業者さんはいませんでしたが、全てのエレベータが停止したためにドライバーさんは荷物を担(かつ)いで階段を登っていました。

まだレストランの従業員は誰も出勤していなかったので、ドライバーさんは1人でダンボール10箱を10階まで運び上げていました。

結局2時間後の10時ころに、本日のレストランの営業は中止になったと警備員さんが教えてくれました。

警備員さんの話しによると、レストランの従業員さんが半分以上出勤できないのでオーナーが臨時休業を決定したそうです。

他の衣料品店、靴屋さん、オフィスなど入居している多くの会社で従業員が来れない状況で、営業出来たのは4分の1くらいのお店だけでした。

スポンサーリンク

大阪北部地震の体験記。移動手段の電車やバスの状況はこれ!

11時には仕事を切り上げて、帰路につきました。

まだほとんどの鉄道が止まったままです。

【 電車の状況 】

私は阪急宝塚線で川西能勢口駅まで帰らなければなりませんでしたが、「どうしたもんじゃろの~!」と悩みました。

夕方まで時間を潰せば、電車も動いているかも知れないと考えました。

実際には、夕方4時頃に阪急電車は復旧して徐行運転をはじめたんですよね。

でも11時の段階ではそんなこと分かりませんから、悩みましたよ。

悩んでばかりいても仕方ないので、とりあえず阪急電車の状況を見てみようと阪急梅田駅に行きました。

阪急梅田駅の3階改札口には多くの乗客が座り込んで電車の再開を待っていました。

会社員風の人、学生さん、年配のおじいさん、おばあさん、あらゆる年齢層の人が階段や通路に座り込んで待っていました。

運転再開のめどはたっていません。

私は諦(あきら)めて他の手段を探すことにしました。

【 バスの状況 】

次に思いついたのはバスです。

たしか阪急三番街から豊中・箕面方面に走るバスがあったと記憶していたからです。

豊中方面へ向かう阪急バスの乗り場は阪急梅田駅の下にあります。

ユニクロ大阪店の入っているヤンマー本社ビルの道路向かいですね。

ここに行ってみると、バスを待つ長蛇の列が出来ていました。

その数およそ100人!

もともと1時間に1本しか走っていないので、「こりゃあかんわ!」と諦めてもう一度考え直しました。

大阪北部地震の体験記。歩いて帰るか電車の再開を待つかの選択!

「このまま梅田で時間を潰して電車の運転再開を待つか、それとも歩いて帰るか?」

梅田から川西能勢口までは距離にしておよそ17kmです。

普通の速さで歩くと1時間で4km進みますから、4時間15分の計算になります。

つまり「夕方4時までに運転の再開があるかどうか?」が検討のポイントでした。

そして出した私の答えは「歩いて帰ろう!」でした。

私が歩いて帰ろうと決めた理由は次の三つです。

・終日電車の運転再開しなかった時のことを考えたから

・17kmは日頃の運動不足の解消になると考えたから

・過去の大震災のことを考えたから

【 終日電車の運転再開しなかった時のことを考えたから 】

今回の地震はかなり揺れたけれども、東日本大震災や熊本地震のような大きな被害は出ていませんでした。

だから4時ころには運転再開するんじゃないかという予感がしました。

実際この予感は当たるわけなんですが、何となく肌感覚で分かるんですよね。

この肌感覚と言うものは、これからも大切にしていきたいなと考えています。

だって周囲の状況を見回してどれくらいの被害が出ているかって分かりますもんね!

私に予知能力があると言うことではなくて、誰の目にもそんなに深刻な被害状況ではないと分かりますよね。

その感覚ってとっても大事だと思います。

「じゃあなんで、運転再開を待たずに歩いて帰ることにしたの?」と聞かれます。

それは「もっと大きな被害が出た時の練習をしようと思った」からなんです。

つまり東日本や熊本のように鉄道が1週間も動かないような時の事を考えて、帰宅困難者にならないための訓練をしたと言うわけなんです。

会社を出たのがお昼の11時ですから歩いて帰っても3時には着きます。

途中のコンビニも普通に営業しているだろうから「お腹が空いたら食べれば良い!疲れたら休めば良い!」と考えました。

【 17kmは日頃の運動不足の解消になると考えたから 】

そして普段の運動不足を解消する良い機会だと考えました。

ハーフマラソンよりも短い距離です。

最近妊娠もしていないのに(当たり前です、男ですから)、お腹が出てきてメタボ警報が赤ランプです。

時々近くの河川敷をジョギングしているので、いつもの訓練の成果を発揮出来ると考えたんです。

走ってかえるというか、歩いたり走ったりしながら帰ろうと考えたんです。

これは実際に有効でした。

高校生の時に50km歩行訓練というのがあって、生徒全員がバスで50km先まで連れて行かれて、ここから学校まで歩いて帰れという行事があったんです。

その時にみんな足腰を痛めるですが、陸上部の同級生が言うには「ずっと歩くことや、ずっと走るのは常に同じ筋肉を使うから足腰を痛めるんだ!走るのと歩くのを適当に混ぜて行けば、使う筋肉が違うからあまり疲れないんだ!」と言っていたのを思い出したんです。

こんな状況でメタボ解消なんて、ちょっと不謹慎かな?

【 過去の大震災のことを考えたから 】

もうひとつ考えたのは、熊本地震、東日本大震災、もっとさかのぼれば阪神大震災のとき、被災した方はどんな気持ちだったんだろうかと考えたんです。

辛かったろうな、悲しかったろうな、寂しかったろうな・・・。

苦労された皆さんの気持ちをちょっとでも感じることが出来たらなと考えました。

阪神大震災の時は東京に住んでいて、東日本大震災の時には大阪に住んでいて、熊本地震はウチの田舎が近いので人事とは思えず、でもいつも地震からすり抜けていたので地震の大変さが分かっていないんです。

テレビで見るのと実際に体験するのと雲泥の差があるので少しでも感じてみたかったんです。

まとめ

本日は先日2018年6月18日に発生した大阪北部地震のときの体験をお話ししました。

電車やバスの状況を見て、それをどう考えて歩いての帰宅を決めていったのかを話しました。

みなさんそれぞれ状況は異なりますので、あなたもこうするべきと言うつもりはありません。

ただ何かの参考になれば嬉しいです。

最後まで読んでくださりありがとうございます。

スポンサーリンク